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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)1344号 判決 1958年7月12日

原告 西垣清一郎

被告 京阪神急行電鉄株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和二五年一〇月三一日附でなした解雇は無効であることを確認する。被告は原告に対し昭和二六年四月一日以降毎月二五日に別紙賃金表記載のとおりの金員を支払うこと。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

原告は被告会社の従業員であるが、被告は昭和二五年一〇月二四日原告に対し、同月三〇日午後四時までに退職願を提出することを勧告すると共に、右勧告に応じない場合は同月三一日附を以て解雇する旨の条件付解雇通告をなし、同月二四日午後二時以降は原告の事業場立入を禁止し、同月三一日限り解雇したものとして従業員としての待遇を止めた。しかし乍ら、右解雇は左の理由によつて無効である。

第一、労働協約の同意約款違反

(一)  被告会社従業員で組織する京阪神急行電鉄労働組合(以下組合と称する)は昭和二五年一〇月二一日被告の申入により「解雇に関する協議会」を開いた。その席上被告側から、「現在の国際及び国内情勢に鑑み、会社が重要な産業の一つとして且又公益性を持つ事業であるところから、この際一応防衛態勢を整え、将来を確立する観点に立つた。そう言う情勢から会社は一大決意をなし甚だ遺憾であるが少数の方々に辞職を勧告したい。」「具体的な基準としては、破壊的言動をなし、或は他の従業員を煽動し、若しくは徒らに事端を繁くする等法の権威を軽視し、業務秩序を紊り、業務の円滑な運営を阻害する非協力者又は事業の公益性に自覚を欠く者を該当者とする。」「右該当者に対しては一〇月三〇日までを期限として退職を勧告すると共に同日までに退職しない者は解雇する。」と説明した。ところで、被告と組合間の労働協約第二五条には、「会社は組合員を解雇するには第二章の手続(協議会)に従い組合の同意を得てこれを行う。」と定められているので、被告は組合に対し右協約による承認を求めた。これに対し組合はその基準による解雇者の人数、氏名、並びに具体的該当事項の明示を求めたのであるが、被告は人数を三二名と明示したのみでその余の回答をしなかつた。

越えて一〇月二三日第二回協議会を開き、組合は退職金額の明示を求め、これに対して不満の意を表し、再び個人名の発表を求めたが被告はこれに応じなかつた。

次に一〇月二四日の第三回協議会において、被告は該当者の氏名を呈示したので、組合は、組合としての総括的意思を一〇月三〇日までに回答する旨約した。

更に一〇月二七日第四回協議会において、組合は、「趣旨は了解している。基準については白紙である。」と述べ、各個人について具体的該当理由の明示を求め、且つ協約違反の疑があると主張したが、被告は本来解雇に関する協約の同意を求めているものではなく協約外の退職勧告に就いての協議にすぎないとの趣旨の回答をなして組合側の要求に応じなかつた。

而して一〇月三〇日第五回協議会において、組合は、「基準については白紙である。」との最後的回答をなした。

この間に被告は原告に対し前記条件付解雇通知をなしたものである。

(二)  ところで、右条件付通告は明らかに一〇月三一日限りの解雇通告であつて、単なる辞職勧告ではないから、労働協約第二五条に基く組合の同意が必要である。

(三)  およそ労働協約の同意約款には、(イ)個々の労働者の解雇について同意することを要する約款と、(ロ)解雇基準についてのみ同意を要する約款の二種類があるが、本件の場合は協約の文言上からしても(イ)の約款であることは明らかである。

(四)  組合は前記協議会において、「基準については白紙である」と回答しているが、「白紙である」とは日本の用語上「肯定でも否定でもない」と言う意味であつて「同意」の意味には取れない。仮に「白紙」即ち「同意」と解されるとしても解雇基準についての同意を得ているにすぎず、本件同意約款が前記(イ)の約款に属する以上協約上の同意は経ていない。

(五)  のみならず本件同意約款が(イ)の約款に属する以上、その同意を得る手続においては当然先ず被解雇者の具体的氏名、並びにその具体的解雇事由を示さねばならないのに拘らず、被告は右手続においてこれを示していないのであるから、組合としては回答を求められてもこれに対して意見を述べることは全く不可能なのであり、かかる被告の申出は当初から無効なのであつて、これに対してたとえ組合が「白紙」或は「同意」と答えようとも何等協約上の同意としての効力を持たないものである。

(六)  而して、本件同意約款は債務条項に止らず規範条項であるから、右同意約款に違反してなされた本件解雇は無効である。

第二、解雇基準非該当

被告は原告が前記解雇基準に該当するとして解雇したのであるが、原告は未だ嘗て事業場内で正当な争議行為以外に「被壊的言動や他の従業員を煽動したり徒らに事端を繁くした」ことはないし、「法の権威を軽視し、業務秩序を紊り業務の円滑な運行を阻害する非協力者」でもないと自認しており、一般組合員もこれを認めている。「業務の公益性の自覚」に至つては他従業員に勝るとも欠けているとは思わない。従つて原告は被告のいう「解雇基準」には該当しないから、この点でも解雇の効力はない。

第三、不当労働行為

被告は本訴において具体的解雇事由として原告の二、三の行為を挙げているが、被告主張の右行為はいずれも正当な組合活動の範囲内の行動のみであつて到底解雇事由とはなし難いのみならず、却つて本件解雇は原告が正当な組合活動をしたことの故をもつてなされた解雇であり、不当労働行為として無効を免れない。

第四、信条による差別待遇

本件解雇は所謂レッド・パーヂであることは明らかであり、原告が日本共産党員乃至はその細胞構成員であること、並びにその立場においてなした活動を解雇の理由とするものであり、労働者の信条を理由として差別的取扱をしたものであるから労働基準法第三条及び憲法に違反して無効である。而して所謂レッド・パーヂなる解雇通告がマッカーサー書簡に基く超憲法、超労働法規的なものであるとする見解の誤つていることは、既に学説判例の等しく認めるところである。

以上何れの点よりするも本件解雇は無効であり、原告は被告会社の従業員たるの地位を有するに拘らず、被告は原告の就業を拒否しその賃金を支払わないから、原告が組合専従者として昭和二六年三月末日まで組合から賃金相当額の支給を受けた部分を除き、被告に対し同年四月一日以降別紙賃金表記載のとおり賃金の支払を求めるため本訴請求に及んだ、と陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁並びに被告の主張として、次のとおり述べた。

被告が昭和二五年一〇月二四日従業員たる原告に対し、同月三〇日午後四時までに退職願を提出することを勧告すると共に、右勧告に応じない場合は同月三一日附を以て解雇する旨の条件付解雇通告をなしたことは認めるが、右解雇については左の理由により原告主張の如き無効原因は存しない。

第一、労働協約の同意約款に違反していない。

(一)(1)  昭和二五年一〇月二〇日被告は組合に対し本件措置について同月二一日組合と交渉したい旨申入れ、組合は右申入を受諾し、同月二一日被告会社会議室において右交渉を開始した。

(2)  その席上被告側から、会社は我国内外の状勢に照し企業防衛のため企業の破壊的言動をなす一部従業員の退職を要求するの止むなきに至つたこと、右一部従業員とは「破壊的言動をなし或は他の従業員を煽動し若しくは徒に事端を繁くする等法の権威を軽視し業務秩序を紊り業務の円滑な運営を阻害する非協力者又は事業の公益性に自覚を欠く者」という基準に該当する者である旨を説明し、右該当者の排除につき組合の協力を切望した。これに対し組合は、「右の趣旨は諒承する。基準については白紙である。」と婉曲な諒承の趣旨の回答をなした。そこで被告は、該当者に対しては一〇月三〇日午後四時までの期限を附して退職を勧告し、勧告に応ぜずして右期限が到来したときは解雇となる旨、及び人員は三二名乃至三三名の予定であること、退職金の金額及び支給期日等を具体的に説明した。

(3)  越えて一〇月二三日第二回交渉を開始し、組合は退職金の額について不満を表明しその増額を要求した。被告は、退職金としては増額できないが他の形式において考慮することもあるべき旨を答え、組合はこれを諒とし、退職勧告書を郵送又は手交することについても双方の話し合いがあり、且つ被告が前回交渉で説明したとおり基準該当者に退職勧告をなし所定期限までに勧告に応じない者を解雇することには組合としては別段の異議なく協議を終え、ついで組合より該当者氏名の発表を求められたので被告は翌二四日正午組合に発表すべきことを約した。

(4)  一〇月二四日第三回交渉を開始し、被告より組合に対し、期間内の退職申出の場合は依願退職の形となるものであるからその趣旨に沿つて、退職勧告期間中は公表しないことを条件として、基準該当者名簿並びに退職勧告通知書写を交付し、各人が基準に該当すると認定せられた具体的事由については何等触れることなく、組合は一〇月三〇日総括的回答をなすべき旨陳述した。

(5)  次で一〇月二七日組合の申入により第四回交渉を開始し、組合は被告に対し各個人を基準に該当すると認定した具体的事由の開示を求めたが、被告は一〇月二四日基準該当者名簿を組合に手交したときに諒解された如く、個人名は一〇月三一日まで公表せず且つ該当者にして退職願を提出する場合は単純に依願解雇として取扱い該当者を無瑕にして置こうと言う段階にあり、且つ多人数なので一人々々について千差万別の事実を挙げ証拠調をすることは何日かかつても結論を得られない虞があり、又具体的な該当事由は本人自身は勿論、会社よりも同僚である組合員の間においてこそよりよく判つている筈のもので、常識で考えれば自ら感得することが出来、夢にも思わなかつた者を該当者とはしていない旨を説明し、各個人についての具体的事由を協議することは適当な時機ではない旨述べたところ組合もこれを争わずして交渉を打切る旨申出で被告はこれを容れて交渉を打切つた。

(6)  更に一〇月三〇日午後三時、組合は会社に対し今回の解雇につき被解雇者各個人が或はこれを争うことがあるかも知れないが、組合としては機関の決定により今回の解雇については今後白紙で臨み、これを争わない旨総括的に回答し、被告はこの回答を了承して、本件措置に関する組合との交渉乃至協議は完全に終了した。

(二)  右の様に被告は組合と数次の協議会を持ち、慎重協議を遂げた上、終局的には組合の同意を得たものであるから本件解雇は何等協約に違反していない。

(1)  蓋し、組合の意向は、「公益性ある私鉄事業から破壊的分子を排除することは諒承する。但しこの事に便乗する個々に出て来る問題につき不当な解雇の場合、組合は断固これと闘い反対する」と言うのであり、前記解雇基準については白紙である旨回答しているが、右回答は基準についての暗黙の諒承の趣旨である。何となれば本件解雇の協議会には基準該当を予想されていた原告(当時組合副執行委員長)が組合側交渉委員として列席しており、他の組合代表者が当人たる原告を前にして如何に注意深く発言をしなければなかつたかは容易に推察され、従つて組合の前記回答は、基準については婉曲に同意し、被告が右基準に該当すると認定して行つた個々の解雇について不当があると組合において考えた者についてはこれを争うと言つて、基準該当者の認定を被告に一任したものである。

(2)  又一〇月二一日乃至二四日の交渉経過により、組合が基準の該当者の認定を被告に一任し、被告が該当者に対し期限付退職勧告をなし期限経過と共に自動的に解雇となるべきことを諒承したことが明らかである。組合は一〇月二四日該当者名簿の交付を受けたのに拘らず各個人の該当事由については何等触れることなく、ただ単に不当解雇があつた場合にはこれを争うべき旨を保留して、被告が期限付解雇通告をなすことに同意したのである。即ち、組合は各個人についての解雇同意権を事前に行使することを避け不当解雇と云う結果が出た場合にはこれを争う旨留保したものであり、よつて被告は右組合の同意した範囲内において基準該当者を認定して、一〇月二四日各該当者に通告をなしたものである。若し組合が事前に各個人についての解雇の同意権を行使しようとするならば、組合の同意を通告するまでは各個人に対する通告書の発送又は手交を差控える様要求すべき筈である。

(3)  各個人への通告後、一〇月二七日の協議会において組合は各個人についての具体的事由の開示を求め被告は前記のとおりこれに応じなかつたのであるが、被告は基準と該当者氏名は既に組合に通告し、前記の如き理由から具体的事由を開示しないことについて組合の諒解を求めたのである。これに対し組合は、不当解雇があつた場合にはこれを争うとの当初の方針通りに交渉を進めることを確認して被告の右説明を諒承しているのである。後日の異議権行使に際しては具体的事由を開示すべき説明もあり交渉の進行方法について諒解が成立している以上、被告がその段階において具体的事由を示さなかつたとしても、労働協約上の協議義務を尽さなかつたことにはならない。

(4)  そして一〇月三〇日に至り組合は機関で討議した結果「個々の通告者が他の機関で争うことがあるかも知れないが、組合としては争わない」と最後的回答をなしたのであるところ、原告は基準該当の具体的事由を開示しなかつたのであるから協約上の同意を得たことにはならない旨主張するが、各人の具体的事由については被告よりむしろ各本人や組合においてこそよりよく判つている筈であることも既に組合に対して申述べてあり、もし組合において、原告主張の如く本件解雇について具体的事由を開示されなければ個々人の解雇に対する協約上の協議ができないとの態度を堅持していたものとすれば、一〇月三〇日の前記最後的回答において具体的事由が開示されないから本件解雇に反対すると言い得た筈であるのに、前記の内容の回答をしたことは、とりもなおさず右回答を以て被解雇者各個人の解雇について協約上の組合の同意を表明したものである。更にふえんすれば、協議会開始の劈頭以来被告は組合側から屡々繰返されて来た「不当な解雇があれば断固これと闘う」との意思表示、即ち協約における解雇の同意権を異議留保の形で行使する旨の話合を受けて協議を進めて来たのであり、かくして組合は前記最後的回答において異議権を行使しない旨の回答をなしたものである。尤も組合は右回答で「同意する」と明瞭には述べず同様の意味にとられるであろうことを意識しつつ婉曲に回答しているが、これは原告が当時組合副執行委員長の地位にあり、その他の被解雇者も組合員であり、同僚としての情宜からこれらの者の解雇をはつきり「同意する」と明示し得なかつたことは推察に難くない。なお組合は、当初不当解雇の場合には組合自身が法廷においてこれを争うために法廷闘争委員会を設置していたが、一〇月三〇日前記最後的回答をして後はこれを解散しており、その後今日に至るまで組合から本件解雇につき何等の異議申出のなかつたことは、被告主張の正当性を裏付けるものである。

(5)  以上要するに、当初組合は、便乗的な不当解雇の場合には断固これと闘う旨表明していたが、氏名発表後の一〇月三〇日に至り、本件解雇についての被告の措置が協約に違反していないと判断し、退職勧告期限を経過して解雇の効力が発生する以前に、組合としてはこれを争わない旨総括的回答をなし、以て協約上の同意条件が完全に充足されたものである。

第二、解雇基準該当性について

(一)  本件解雇当時の事情

(1)  被告会社は旅客を輸送する電鉄事業を営む株式会社であるが、電鉄事業は我国産業の再建興隆、民生の向上、民心の安定、治安の確保に欠くことの出来ない基幹産業であり、且つ旅客の身体、生命、財産を預り輸送する高度の公益事業であつて、電鉄事業の運営の如何は産業全般の盛衰に密接な関連があり、社会公共の福祉に及ぼす影響は極めて重大である。されば労働関係調整法においてもこれを公益産業に指定し、その他営業につき行政官庁の監督を受けしめている。斯様な事業の高度の公共性、重要性に鑑みて、会社としては事業の健全なる発展のため、従前から会社機構の整備、車輛の安全、軌道の補修、電路通信施設の整備等、安全にして且つ高速度の輸送を目標にあらゆる面よりこれが発展の方途を講じて来たのであり、従業員においても事業の公共性を自覚して高度の責任観念の下に職務を遂行すべきことが要請されているのである。

(2)  ところが昭和二四年頃より共産党員の手による交通機関の不穏事件が相次いでいたところ、昭和二五年七月一八日連合国最高指令官マッカーサー元帥は吉田首相あての書簡によつて「アカハタ」及びその後継紙並びにその同類紙の発行を停止する様指令し、かくして新聞、通信、放送、電産において共産党員及びその同調者の解雇が行われ、次で同年九月二六日、総司令部エーミス労働課長は私鉄経営者協会、私鉄総連その他の労使代表を招致し、トラブルメーカー並びにその同調者を排除すべきを勧告した。かくしてこの種分子の排除は私鉄、石炭、金属、鉱山、化学その他各産業において行われることになつた。

(3)  被告会社においても共産党員である一部従業員は、昭和二四年九月頃から屡々アジビラを配布して会社の業務運営を阻害し、従業員に不安動揺を呼びおこし、勤労意欲を低下させ、また会社内の問題を殊更に政治問題と結びつけて従業員を煽動し自己の政治勢力の拡大を目論んで徒らに事端を繁くする等の言動がなされた。また、捏造無根の事実をアジビラに記載して会社職制を中傷誹謗し従業員に不信感を醸成せしめて煽動し、更に、会社の職制にある者が業務上の命令指示を与えるにつき暴力を振つて職制の機能を麻痺せしめてこれを妨害し業務秩序を紊す行為があつた。これは会社内の共産党員が事業の公共性の自覚に欠け、民主的に再建しようとする国家秩序及び会社業務の円滑な運営を合法活動の線を脱して暴力によつて阻害せんとした一連の行動の一端を示すものである。

これを漫然放任するにおいては客観状勢の変動に即して彼等は何時如何なる業務阻害を企業に加えるかも知れず、前記の如く身体生命財産を託された電鉄事業として不測の事故発生後における措置は全く無意味である。従つて被告は以上の如き破壊的言動をなし或は他の従業員を煽動し、若しくは徒らに事端を繁くする等法の権威を軽視し、業務秩序を紊り業務の円滑な運営を阻害する一部従業員三二名に対し退職勧告乃至条件付解雇通告をなすの已むなきに至つたものである。

(二)  原告の具体的該当事由

原告は当時日本共産党員で、共産党本社細胞の構成員であり、又被告会社内の他細胞との連絡機関である京阪神急行電鉄細胞集団を結成しており、且つ被告会社事業部の課長である組合副執行委員長として組合専従者であつたが、左の如き解雇基準該当の行為をなした。

(1)  原告の所属する共産党京阪神急行電鉄細胞集団及び本社細胞は、昭和二四年春頃より本件解雇に至るまで屡々従業員に対してアジビラを配布しているが、右アジビラの内容は、故なき事実を捏造流布して会社の施策方針をことごとに曲解誹謗し、又は職制上長の人格を中傷する等業務運営を阻害し、営業成績を悪意に評価して会社の信用を傷つける等従業員に不安動揺を与えて勤労意欲を低下させ、従業員を煽動して問題の平和的解決を阻害し破壊的行動を唆示する等業務秩序を破壊しているものであり、労働条件の改善などにかこつけて組合乃至組合員を煽動し得る場合はこれをなし、然らざる場合には社内的問題をことさらに政治問題と結合させて従業員を自己の政治目的の中に引ずり込み、細胞の意思通りに働かない場合においては組合幹部をも誹謗して萎縮させるなど、これらのアジビラは畢竟自己の政治勢力の拡大を目的とするものであつて到底組合活動の一端となすに由なきものである。原告は前記細胞の主要構成員であり、年長者にして学歴も高く、常に細胞会議に出席し自宅を細胞会議に利用させるなど細胞を主導していたのであり、前記アジビラについても記事提供編集参加などに重要な役割を演じていたものである。

(2)  原告は組合役員の職を利用して会社と組合との協議成立事項に反対し、事の如何を問わずストライキ実施を強硬に主張する等事態の平和的解決を阻害遷延せしめて組合活動よりは共産党々勢の拡張に専念していたのであるが、昭和二四年一二月越年資金交渉中における本社支部内の班会において、「元来吾々の闘争は獲得金額の一〇〇円や二〇〇円の多少の問題ではない、これを要求することに依つて吾々は闘争の方法を学び、来るべき革命の為に備えて大衆の訓練をするにある。」との旨の演説を行つており、このことから原告が必ずしも要求実現を目的とせず革命のために従業員大衆を訓練しようとする意図を有していたことが明らかである。

(3)  原告は会社と組合との交渉中においても社長の私事を中傷し又は一般組合員を統制すべき役職にあるにも拘らず統制し得ない状態が現出すると発言して傍聴組合員を煽動し、或は企業機密に触れた事項を質問し、これを細胞機関紙で流布する種材とするなど、会社組合間の協議における信義にもとり正当な組合活動を逸脱した言動があつた。

(4)  昭和二二年八月、原告が本社支部長であつた当時、危機突破資金要求問題に際して職場大会を開催するに当り、社内のマイクを通じ就業時間中の全従業員に対し、「吾々は饑餓突破の為の突破資金を要求している。本社支部組合員は全員職場を放棄して受話器を外して集合せよ。」との旨の招集を発した。受話器を外すことは電話電磁が作用し続けて破損に至るものであるし、他産業に比して高度の公共的性質を有する被告会社にあつて、社内各事業場からの連絡社外からの連絡を故意に遮断することは、はかり知れぬ危険を感ずるところである。右事実は原告がかかる暴挙を敢てなし、企業及び社会の秩序を混乱と危殆に瀕せしめて恬然たることをあらわすものである。

(5)  昭和二四年四月、原告は共産党員石賀一江と共謀共同し、被告会社内の宝塚経営部の歌劇衣裳整理のため、会社が本社女子従業員を約一週間交替にて応援せしめたのに対し、「黙認出来ない職場転換」なるビラを配布し、作業内容を故意に歪曲し無根事実を捏造して宣伝し、実情を知り得ない従業員にあたかも会社が奴隷的労働を強制しているかの如き印象を与え、従業員に不安動揺を生ぜしめたものである。

(6)  昭和二四年一二月八日午後五時半頃、越年資金交渉時に、共産党員西川学を先導とした京都線の青年部婦人部組合員数十名が、結婚資金等の増額問題について赤旗を押立てて正規の交渉方法によらずして、会議中の重役に面会を強要に来たとき、原告は組合の交渉委員(当時執行部財務部長)であるのにも拘らず、「組合員に会えんのか」と怒号し、人事部次長が、「越年資金問題について会議中であり、これと関連なき問題については後日を改めて」と諭したるをきかず、「俺が直接会つてここへ引張つて来る」などと執拗に重役との面会を要求し不穏な事態を現出せしめて、遂に会議を中断して重役に面会させ、しかも面会最中においても、「カウンター越しに回答するとは組合員をなめている」「越年資金の交渉時刻を徒に引延ばしているのはけしからん」等と怒鳴つている。原告の右行為は、越年資金交渉中これと別個の問題をとり上げて従業員を煽動して重役に面会を強要し、結婚資金増額問題は組合全体の問題として組合正式機関と会社との交渉問題であるにも拘らず、交渉権限をもたない一部従業員大衆を動員して回答を迫るなど、会社と組合間の交渉ルールに反し、これ等の問題の解決を図るためよりはむしろ平地に波瀾を起し、ことさらに事端を繁くしたものである。

(7)  原告は、昭和二五年六月の組合役員改選で副執行委員長に当選したが、これが挨拶と称して昭和二五年七月六日午後西宮車輛工場において、就業中の従業員の間を巡回して演説をなし、西宮車輛部次長杉村正三郎、同課長七里清一が再三制止したにも拘らずなおこれを強行した。右行為は再三の制止を押し切つて就業時間中の従業員に対してなした組合活動であり、労働協約第一九条に違反し、組合活動でない選挙演説としても、動力廻転中の工場内において作業中の多数従業員に話しかけることは、もとより許し難いことであり、いずれにせよ、原告は職場管理責任者の制止に対して一顧すら与えず自己の活動を強行し、業務秩序を紊したものである。

第三、信条による差別待遇をしたものではない。

本件解雇は原告において前記のとおりの基準該当行為があつたから解雇したものであつて、原告の信条を理由としたものではないから、憲法及び労働基準法に違反しない。即ち、被告会社は、れつきとした共産党員であつても本件基準に該当していない者は解雇していない。例えば当時被告会社の従業員で、共産党員なること周知であつた溝河勉は、本件基準に非該当なるが故に今日なお被告会社に勤務している事実がある。

以上詳論のとおり、本件解雇の手続は労働協約の同意約款に違反しておらず、原告において基準該当の具体的事実が存在し、他に無効原因も存しない以上、本件解雇は有効であり、原告の本訴請求は棄却さるべきである、と陳述した。(立証省略)

理由

被告会社が昭和二五年一〇月二四日その従業員たる原告に対し、同月三〇日午後四時までに退職願を提出することを勧告すると共に、右勧告に応じない場合は同月三一日附を以て解雇する旨の条件付解雇通告をなしたことは当事者間に争がなく、被告が原告を同月三一日限り解雇したものとして従業員としての待遇を止めたことは、被告においてこれを明らかに争わないので自白したものと看做される。

第一、右解雇と労働協約の同意約款との関係について

成立に争のない乙第一号証(労働協約書)によれば、被告と、被告会社従業員で組織する京阪神急行電鉄労働組合(以下組合と称する)との間の労働協約第二五条には、「会社は組合員を解雇するには第二章の手続(註・協議会の手続)に従い組合の同意を得てこれを行う。」と定められていることが明らかである。原告は本件解雇につき右組合の同意を欠く旨主張し被告はこれを争うので判断する。

(一)  本件解雇に関する協議会の経過

成立に争のない乙第三号証の一乃至五及び証人宮本英雄同林下隆一(何れも第一回)の各証言によれば、昭和二五年一〇月二〇日被告会社からの申入により、会社と組合との間に解雇に関する協議会が開かれることになつたこと、右協議は同月二一日から同月三〇日までの間五回にわたつてなされていること、右協議の経過及び内容は左記のとおりであることが認められる。

(1)  昭和二五年一〇月二一日第一回協議会が開かれ、先ず被告側は、「会社として、我国内外の情勢に鑑み企業防衛態勢を整えることになつたので、遺憾乍ら少数の非協力者に辞職を勧告することになつた。」「即ち、会社の重大な社会的使命に鑑み、企業体の内部にあつて企業を破壊する様な言動に出る者及びこれと同調して行動するものを排除することは緊急止むを得ない処置である。」「具体的には、破壊的言動をなし或は他の従業員を煽動し若くは徒に事端を繁くする等法の権威を軽視し業務秩序を紊り業務の円滑な運営を阻害する非協力者又は事業の公益性に自覚を欠く者、との基準に当る者を対象とする。」との旨を述べ右該当者の排除につき組合の協力を求めた。これに対し組合は、「基準の是非は別として回答は白紙である。趣旨は諒解するが、個々の問題で不当な解雇のあつたときは断固反対する。」との旨を答え次の協議に入ることを促した。そこで被告は、退職勧告者のうち、一〇月三〇日の期限までに依願退職の手続をとらない者は解雇になること、人員は三二名乃至三三名であること及び退職金の額やその支給方法等について説明し、協議会を後日に続行することとした。

(2)  同月二三日第二回協議会が開かれ、被告は該当者数が三二名である旨発表したところ、組合からその氏名の発表を求められたので翌日正午発表する旨約し、且つ翌日正午すぎまでに各該当者に対し条件付解雇通知をなすべき旨述べた。

(3)  同月二四日第三回協議会が開かれ、被告は、退職勧告期間中は公表しないことを条件として該当者名簿及び通告書写を組合に手交し、組合はこれに対する総括的意思を三〇日までに回答する旨約した。

(4)  同月二七日第四回協議会が開かれ、先ず組合から被告に対し各個人の基準該当の具体的事実を説明されたい旨申出があつたが、被告は、基準該当者の数が多数であり各個人について千差万別の事実を挙げて証拠調を行うことは事実上不可能なことであり、又、具体的事実については被告よりも同僚である組合員の間においてこそよりよく判つている筈であり、更に現在はまだ退職を勧告している段階であつて具体的事実を挙げない方が本人を傷けないから、今具体的事実を発表するのは適当でない旨答えたのに対し組合は具体的事実の開示がない限り基準に該当しない者がこれに該当するとして不当に解雇されるおそれがあるとして繰返し深刻執拗にこれを要求し活発な論議が展開されたが被告は遂にこれを示さないままで同日の交渉は打切となつた。

(5)  同月三〇日、組合は被告に対し、総括的意思の回答として、「組合としてはその後会社との交渉に基き機関で討議した結果、今回の会社の措置に対しては白紙で行くことになつた、従つて個々の通告者が他の機関で争うことがあるかも知れないが、組合としては争わない。組合としては当不当の結論は立てていない、個々に被通告者が他の機関で争うことになるかも知れない。」と述べた。

以上の経過で本件解雇に関する協議がなされたことが認められる。

(二)  協議内容の検討

証人林下隆一の証言(第一、二回)及び前認定の交渉の経過を考えあわせると、当時被告会社の組合の上部団体である私鉄総連では、暴力による企業の破壊を試みる分子の排除については反対しないが日本共産党に入党していると云う理由のみで解雇したりその他破壊分子の排除に名を藉りる便乗的な解雇については反対するとの方針が決定されていたので、組合も右総連の基本方針に従つて本件協議会に臨んだこと、従つて協議会の冒頭において被告側からの説明のあつた本件措置の全体としての趣旨並びに基準については積極的に異議を申立てないかわり、個々的に不当な解雇があつた場合は断固闘う旨の異議権留保の形式で協議を進め、個々人について条件付解雇通知を発送することについても異議を申述べなかつたことが認められる。

ところで、前認定のとおり被告は第三回協議会において該当者各個人の氏名は発表しているが、第四回協議会において組合から各個人の基準該当の具体的事実の開示を求められ乍らこれを拒絶している。原告はこの点に関し、本件労働協約における同意約款は、単に解雇基準についての同意のみではなく個々の労働者の解雇についてまで同意を要する約款であり、従つてその同意を得る手続においては当然解雇基準や氏名のみに止らず被解雇者の具体的解雇事由まで示さねばならないのに拘らず、本件ではこれを示していないので組合としては、回答を求められてもこれに対する意見を述べることが全く不可能であり、かかる被告の申出は本来無効であると主張するので検討すると、証人宮本英雄の証言(第一回)によれば、本件労働協約に所謂「同意」とは単に解雇基準に対する同意のみならず個々人の解雇についての同意を意味するものであることは被告自らこれを認めていることが明かであるから使用側で個々人につき或程度の具体的事由を示して組合の同意を求むべきであることは当然であるけれども、右は必ずしも厳格に、個々人に存する具体的事由が解雇基準を充足することを承認した上その解雇に同意するのでなければ労働協約上の同意にならない趣旨であると、解すべきではなく、組合としては場合により強いて直に個々的事由の開示を求めず若し後日基準に該当する事由のない者が不当に解雇せられる事態を生じたときは決してこれに同意するものでない趣旨の留保をなして予め包括的に同意をすることも亦労働協約上の同意に外ならぬと解せられるのみならず、本件においては前認定のとおり被告が解雇基準並びに該当者氏名を明示した以上、組合としては右該当者が解雇基準に当るか否かは同僚である組合員の職場内外における日常の言動に関する事柄であるから、必ずしも具体的事実を開示されなくとも判断し得る筈であり基準該当者として氏名を明示された個々人の解雇について同意不同意の意見を述べることが必ずしも不可能乃至著しく困難であるとは考えられず、被告が基準や氏名、退職金の額、支払方法などを示して組合に対して依願退職についての協議並に解雇についての同意を求めたことは、協議の方法として組合に不可能を強いるものではないのみならず、被告が具体的事由を示さなかつたのは前記(一)の(4)において認定した様な考慮に基づくものであつて、決して無げに拒否したのではないことがうかがわれ、従つて、被告のなした右協議の方法が本来信義則に違反して無効であることは到底認めることが出来ない。

次に、前記(5)において認定したとおり、同月三〇日に至り組合は被告に対し、「今回の措置については白紙で行く、組合としては争わない」との旨の最終且つ総括的回答をなしており、右回答の文言上は同意とも不同意とも明示がなされていないのであるが、「組合としては争わない」との表現がなされている以上、少くとも不同意ではなかつたことは明かであり、右回答の文理解釈のみからでもむしろ暗に同意を表明していると読みとる方がより自然であるのみならず、更に、証人林下隆一の証言(第二回)によれば、組合としては右回答が協約上の同意の意味にとられるであろうことを意識しつつ回答をなしたことが認められるし、当時組合側としては不同意を表明しようと思えばそれをなし得たにも拘らず敢て不同意を表明せず、さりとて同意とも明示せずに前記の様な意識の下において回答をなしたのは、本件措置の交渉委員たる原告が組合副執行委員長の地位にあり、而も該当者の一人としてその氏名が発表されている以上、同僚としての情宜から明示的に同意を発表しかねたであろうことは推察に難くなく、また右表明は前後四回に至る委曲を尽した協議、殊にその第四回には個々的事由開示の問題を廻つて詳細活発な論議が展開された後の決論をなすものであり、そもそも右協議は当初より解雇についての労働協約に基く組合の同意を求めるためのものであつたのである点を考慮し、更に右林下証言によつて認められるとおり、組合は右回答をなすと共にかねて組合内に設置していた法廷闘争対策委員会を解散しており、その後組合としては本件措置について何等の異議も申立てずに今日に至つていることは明らかであり、以上の諸点を考えあわせると、組合は右総括的回答によりそれまで固執していた個々的事由の説明のない限り同意をしないとの立場を最終的に放棄し、本件措置に関し包括的に組合としてはこれに同意し個々人が基準に該当するや否やの問題は挙げてそれを個々人の闘争に委ねたものと認定することができる。右認定に反する証人西川学の証言並びに原告本人訊問の結果はたやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠もない。

してみると、本件解雇は労働協約上の同意を充足しているので、この点に関する原告の主張は採用することができない。

第二、解雇基準該当性について

次に、被告が本件解雇に当り設定した解雇基準は前記認定のとおりであるところ、原告が右解雇基準に該当するか否かについて判断する。

(一)  証人丸谷英徳の証言により成立を認めうる乙第一〇、第一一号証及び証人林下隆一の証言(第二回)によれば、昭和二二年八月原告は労働組合本社支部職場大会を開催するに当りマイクを通じ、「我々は饑餓突破のため突破資金を要求している。本社組合員は全員職場を放棄して会場に来い。受話器を外して全員集れ。」との旨の指令を発し、ために被告会社本社内の電話の受話器が殆ど外された事実が認められる。

(二)  次に証人丸谷英徳の証言によりその成立を認めうる乙第五号証の一、同第一三号証、並びに同証人の証言によれば、昭和二四年四月頃、被告が本社従業員を宝塚経営部の舞台用衣裳整理のため約一週間交替で応援させたところ、原告は訴外石賀一江と共にこれに反対して「黙認出来ない職場転換」なるビラ(乙第五号証の一)を作成頒布したのであるが、右ビラの記載内容は事実に反して作業内容を歪曲し無根の事実を宣伝した部分があることが認められる。

(三)  次に証人丸谷英徳の証言によつて成立を認めうる乙第一七号証によれば、昭和二四年一二月八日当時組合から越年資金要求がなされており当日はその回答日に当つていたので、同日午後からその回答に関し被告会社において重役会が開かれていたところ、午後五時半頃になつて訴外西川学が約三〇人の組合員を引具して重役室前に至り気勢を挙げていたところへ原告も駈けつけ、原告及び西川等は正規の交渉方法によらずして結婚資金増額要求問題につき重役との面会を強要したので、居合せた人事部次長が越年資金問題につき会議中であり結婚資金問題については後日正規の交渉方法により回答する旨説明したのにも拘らず原告は、「一体重役は我々組合員に会えぬのか、君等が重役によう会わさないのなら俺が直接会つてここへ引張つてくる。」などと問答を重ねて重役との面会を強要し、その場の状況を不穏な形勢におちいらせ、遂に重役会を中断させるに至つたことが認められる。

(四)  次に証人丸谷英徳の証言によりその成立を認めうる乙第一九乃至二一号証によれば、原告は昭和二五年六月組合役員選挙において副執行委員長に当選したのであるが、同年七月六日午後被告会社西宮車輛工場において、就業中の従業員に対し、職場管理者の諒解を得ることなく、「副執行委員長当選に対する後援を謝す。現在の闘争状況に鑑み今後しばしば組合員の声を直接に聞きに来たい。」旨の挨拶をなしたので、管理者から就業時間中は職場に立入らない様注意を受けたにも拘らず、依然として職場内を巡回して同様挨拶を続け、管理者の再三の制止に従わずなおこれを強行したことが認められる。

被告において基準該当事実として挙げている事実の中以上認定できる以外の事実はいづれもこれを確認するに足る証拠がない。そこで、右認定の原告の各行為が、被告主張の解雇基準に該当するか否かについて考えると、先ず前記(一)の行為については、被告会社が高度の公共性を有する交通企業であることを考えあわせると、被告会社の本社において社内外の電話連絡を遮断することは企業の機能を麻痺させ公共の安全につき甚しく危険を生ずるものであり、これを指令した原告の行為は、「事業の公益性の自覚を欠き、破壊的言動をなし他の従業員を煽動し業務の円滑な運営を阻害したもの」と言わざるを得ない。次に前記(二)の行為については、無根事実の宣伝流布の結果従業員に不安動揺を生ぜしめるおそれが多分にあり、右は「他の従業員を煽動し業務の円滑な運営を阻害する行為」に該当し、又、前記(三)の行為については、重役が他の問題について討議していることが明白であるにも拘らず組合と会社間の正規の交渉手続によることなく別の問題について気勢を示して面会を強要したことは、労使間の正当な手続による紛争解決を妨げ徒に事態を紛糾せしめたものであつて、「他の従業員を煽動し徒に事端を繁くしたもの」と言わねばならない。更に、前記(四)の行為については、成立に争のない乙第一号証によれば被告と組合間の労働協約第一九条には、「組合及び組合員は就業時間中の組合員に対し、組合活動を行わない」と規定されてあり、原告のなした挨拶が組合活動であるとすれば右第一九条に違反して正当な組合活動とはならないし、単なる選挙運動であるとしても就業中の従業員に対し職場管理者の承諾を得ることなく話しかけて業務能率を阻害し、更には管理者の制止に従わずにこれを強行したことは、「業務秩序を紊り業務の円滑な運営を阻害したもの」に該当するものである。

以上の理由により、原告には本件解雇基準に該当する行為があつたものと認められる。

第三、不当労働行為の成否について

原告は、被告主張の前記行為はいずれも正当な組合活動の範囲内の行動のみであり、本件解雇は正当な組合活動をしたことの故をもつてなされた解雇で、不当労働行為である旨主張するので判断すると、当時原告は組合専従者として組合活動に従事し、組合副執行委員長として活動していたことは明らかであるが、証人丸谷英徳同林下隆一(第一、二回)の各証言によれば、原告は組合活動について献身的であつたとはいえず却つて組合の組織内における党活動に専念していたことがうかがわれるのみならず、被告が解雇の具体的理由として挙げた前掲各事実は、いずれも正当な組合活動の範囲に属するとは到底認められず、結局被告は原告が前記基準に該当する故を以て解雇したのであつて、組合活動をなしたことを理由に解雇したものとは認められないので、

この点の原告の主張は採用するに由ない。

第四、信条による差別待遇の存否について

原告は、本件解雇は原告が共産党員であることを理由にしてなされたものであつて、憲法並びに労働基準法に違反して無効であると主張するので判断する。原告が当時日本共産党員で被告会社本社細胞の一員であつたことは原告本人訊問の結果に徴し明らかであり、弁論の全趣旨から、本件解雇は、昭和二五年五月以降数次にわたつてマッカーサー司令官から発せられた声明、書簡に基因して新聞通信社をはじめ漸次各重要産業においてなされた集団的解雇即ちいわゆるレッドパーヂと称せられる一連の解雇であることがうかがわれ、証人木村滉三の証言によると、被告が原告を含めて本件解雇の対象とした三二名は、共産党員又はその同調者であつた事実が認められる。しかし乍ら、証人丸谷英徳の証言によりその成立を認めうる甲第二八、二九号証によれば、当時被告会社の従業員で日本共産党員であつた溝河勉は解雇されることなく昭和三一年当時も尚被告会社に勤務している事実が認められ、更に成立に争のない乙第三号証の一、証人本村滉三の証言、及び前記第二(解雇基準該当性について)において認定した原告の行為を考えあわせると、被告会社が原告を解雇したのは、結局は原告において第二で認定した様な基準該当行為があつたため、原告等の破壊的活動から企業を防衛する目的でなされたものであつて、原告には前記のとおり解雇すべき具体的事由があり、被告が単に原告の政治的信条を理由として解雇したものではないことが認められる。而しておよそレッドパーヂなるものは、それが真実に企業に対する積極的攪乱者に対し防衛的立場からなされたものであつて、便乗的に信条による差別待遇をしたものでなく不当労働行為にも当らないならばこれを無効とすべき理由はない。してみるとこの点に関する被告の主張は採用できない。

第五、結論

以上の理由により、本件解雇の手続は労働協約における組合の同意を得て居り、原告に解雇の具体的事由たる基準該当の具体的事実が存在し、他に無効原因も存在しない以上、本件解雇は有効になされたものと言うべく、よつて原告の本訴請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 奥村正策 杉山修)

(別紙)

賃金表

自昭和二六年四月

至同年七月

一箇月二二、五〇〇円

四箇月計九〇、〇〇〇円

自昭和二六年八月

至昭和二七年三月

一箇月二七、〇〇〇円

八箇月計二一六、〇〇〇円

自昭和二七年四月

至昭和二八年一月

一箇月三四、八三〇円

一〇箇月計三四八、三〇〇円

自昭和二八年二月以降

一箇月四〇、〇五四円五〇銭

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